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札幌地方裁判所 昭和33年(わ)562号 判決 1959年7月11日

被告人 木幡行雄

昭五・一・二八生 無職

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実は、「被告人は、沙流郡平取町字荷負本村二五番地木村省一方に馬夫として雇われ、同町字貫気別小岸盛親方に居住して稼働していた者なるところ、昭和三三年八月二〇日前記小岸方で仕事仲間の針ケ谷芳郎(当時六一年)と飲酒中、同日午後九時ころ、些細なことから口論の末殴り合いの喧嘩となり、針ケ谷は一旦同所を立ち去つたが、同日午後一〇時ころ、再び引き返してきた同人と再度口論となつた末前記針ケ谷から矢庭に刃渡二七・五センチメートルの山刀で右胸部を突き刺されたので、ここに憤激の余り、同人から奪い返した右山刀をもつて、その場へ倒れている同人の右上腹部等を突き刺し、よつて同人をして翌二一日午前〇時ころ、同所附近において出血多量のため死亡するに至らせたものである。」というのである。

弁護人は被告人の本件行為は、被告人が針ケ谷から突然の攻撃を加えられ、急迫不正の侵害に対し反射的に自己の生命身体を防衛するためやむをえずなした正当防衛行為であるから結局無罪であると主張するので、その当否を考える。

(イ)  証人木村省一、小岸盛親および滑志田敏雄に対する受命裁判官の各尋問調書、木村および小岸の検察官に対する各供述調書、小岸千恵子の検察官に対する供述調書、被告人の検察官に対する供述調書、医師滑志田敏雄の針ケ谷芳郎に対する鑑定書および被告人に対する診断書並びに司法警察員の実況見分調書を総合すると次の事実が認められる。すなわち、昭和三三年八月二〇日午後九時ころ公訴事実にあるように、小岸方で被告人と針ケ谷芳郎との間に口論喧嘩があつた後、一旦針ケ谷は小岸方を立ち去つたが、約一〇分後再び同家に現われ、窓越しに親方の木村省一を呼び戸外で同人を待つていた。折から被告人は、うたた寝からさめて尿意を催し玄関まで出たところ、先刻の喧嘩のこともあつて針ケ谷との間を心配した木村等から「年寄(針ケ谷のこと)にかまうな」と注意されたが、被告人は「あんなおいぼれ爺をたたいても世間のもの笑いになるだけだ」といいながら針ケ谷のことはさして気にもとめず、外に出て用を足し、ついで馬に草を与えるべく小岸方居宅玄関先から約六メートル離れた馬屋に至り、入口脇の雑草置場から草を運んで馬に与え、もういちど雑草置場に戻つて前かがみの姿勢で草を抱えようとしたとき、被告人の右斜前面に、両腕をくみ何かつぶやきながら近よつてきた針ケ谷が突然被告人に襲いかかつて隠し持つていた刃渡二七・五センチメートルの本件山刀(昭和三四年領第二〇号の一)をもつて被告人の右前胸部を突き刺したので、被告人は、はつとなつて針ケ谷からとつさにその山刀を奪い取り、そのはずみで倒れかかつた針ケ谷を夢中で刺し返し、よつて翌二一日午前〇時ころ同所付近で針ケ谷を内臓損傷による失血死にいたらしめ、同時に被告人も全治約七週間を要し、深さ胸腔に達する刺創を負つた事実が認められ(検察官主張のように、その場で再度口論したという事実は認められない。)、針ケ谷の右行為が被告人に対する急迫不正の侵害に当ることは明らかである。ところで、検察官は、被告人の所為は、針ケ谷から兇器を奪い取つた後のことであり、かつ当時附近にいた小岸等に制止されているから急迫不正の侵害に対する反撃とはいえない旨主張する。なるほど、針ケ谷は当時六一年の老令であつたが、前掲の各証拠によると、平素から腕に自信を持ち、若いころから傷害沙汰が断えなかつたほど性格が粗暴で、当時なお壮者をしのぐものがあつたのであり、本件山刀を奪い取られた瞬間、はずみでその場に倒れかかつたとはいえ、明らかに攻撃態勢が崩れ去つたことを示すような格別の事情は認められず、むしろ事態を遷延すれば、針ケ谷において更にいかなる攻撃に出るかも図り難い情況にあつたと認められるのみならず、一方被告人は、前示のごとく意表をついた突然の攻撃により致命的な打撃を受けたため、自己の生命身体は瞬時にして危殆にひんし、すみやかな反撃に出なければ、たちどころに自己の防禦力を失い、針ケ谷の一方的攻撃を許すほかないような極めて切迫した事情にあつたことが認められる。右のような情況のもとにおいて両者の対抗関係の優劣を彼此考察すれば、本件の場合、被告人が針ケ谷の持つていた山刀を奪い取つた後もなお急迫不正の侵害が去つたとはいえないと認めるのが相当である。なお、検察官は、本件当時、付近に小岸等がいて被告人を制止した旨主張するが、前掲の各証拠によれば、被告人が反撃を加えた当時、木村、小岸の二人は屋内にあつて被告人の「やつたな」という声を聞きつけ急いで飛び出し、同家玄関まできたときは、すでに被告人が針ケ谷の身体を突き刺した直後であつたことが認められるから、検察官の主張は採用できない。

(ロ)  つぎに、被告人がいわゆる防衛の意思をもつて本件所為に出たものかどうかを考える。公訴事実によると、被告人は針ケ谷からいきなり刺突されたので、憤激の余り、本件所為に及んだとの記載があり、被告人もこれに符節を合せて、この野郎と思いかあつとなつて針ケ谷を刺した旨検察官に対し供述しているが、本件のような突然の一方的攻撃に遭遇した場合にとつさになされた反撃行為は、自己保存の本能に基く衝動的なものであつて、特別の事情が認められない限り自己の法益を防衛する意思に出たものとみるのが相当である。したがつて、行為の瞬間において被告人が明らかにそのことを意識せず、また仮に、後日捜査官の取調に対して述べたような憤激の動機があつたとしても、防衛の意思は、これらの動機と併存しえないものではないから、右の供述だけでは防衛意思の存在を否定する理由とすることはできない。さらに被告人が針ケ谷に対してなした反撃行為が当時の情況に照し相当であつたかどうかについて考えると、当時被告人は、意外の攻撃により重傷を負い一瞬にして生命の危機にさらされるに至つたこと、および当時若干飲酒していた被告人は右創傷をうけて極度に興奮し、切迫した危険のため前後を考える余裕がない状態にあつたことなど諸般の情況に照し、被告人に対し粗暴な針ケ谷の攻撃から逃避し、あるいは他人の加勢を求めるなど冷静な所為に出るべきことを期待することは、難きを強いるものであるから、被告人が針ケ谷に傷害を与えその結果同人を死に至らしめたとしてもその所為は、まことにやむをえざるに出た行為というほかはない。

(ハ)  なお、前掲の証拠によると、小岸方における被告人と針ケ谷の喧嘩は、両名が互いに自己の非を認め、謝罪したことによりひとまず中断したものとみるのが相当であるが、針ケ谷が突然被告人を刺突するに至つた直接の動機は、被告人が「あんなおいぼれ爺云々」の言葉を不用意に用いたため、これがわずか板壁一板を距てたところに立つていた針ケ谷の耳に入るところとなり、かねて腕力に自信をもつ同人の自尊心を傷つけたことにあつたとうかがわれないではない。しかし、被告人が針ケ谷のため刺される直前まで、同人と口論したり、同人の攻撃を予期していたような形跡はなく、針ケ谷の攻撃は全く被告人の意表をついたものであつたことが認められる。したがつて、右の被告人の言辞は、いわゆる喧嘩の挑発行為ということはできないからこの点もまた正当防衛の成否を判断するについて影響がない。

以上のとおり、本件各証拠を総合し、彼此の地位の優劣、侵害の態様など諸般の事情を全体的に考察すれば、針ケ谷の被告人に対する前記行為は、一方的かつ突然の攻撃であり、被告人の行為は、その急迫不正の侵害に対し、自己の生命身体を防衛するためやむをえずなした相当な行為であつて、正当防衛行為として罪とならないから、刑事訴訟法第三三六条前段を適用して、被告人に対し無罪の言渡をすることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤竹三郎 相沢正重 橋本享典)

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